日本陸上界のスター為末さんの子どもの「核」をつくる教育? 為末大(後編)

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今回のうさぎノート通信は、2001年の世界選手権のトラック競技で、日本人初のメダルを獲得した為末大さんのインタビューです!
後編では、そんな為末大さんが「子どもの非認知能力を上げて想像以上の力を引き出すコツ」「変化の激しいこれからの社会で子どもの中に作るべき『核』とは?」について。
元プロ陸上競技選手であり、男子400mハードルの日本記録保持者、シドニー・アテネ・北京と過去3回のオリンピックに出場するなど、輝かしい経験を持つ為末さんの、これからの未来で結果を出し変化に対応していく「為」のノウハウをお届けします。

目次

言葉では説明できない『非認知能力』を上げることで潜在的なパワーを引き出す

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    うさぎ

    現在、為末大学で行っている「かけっこスクール」の活動について教えてください。

  • 為末

    為末

    小学生をメインに、ランニングを通して子どもたちの成長の『核』となる部分を育む活動です。ランニングはあくまでも手段でしか無いと思っています。僕たちは早く走れるために必要なことを4段階で定義しています。
    ・信頼があること
    ・楽しいこと
    ・正しい技術を覚えること
    ・アウトプットすること
    早く走ることを目指すと、どうしても正しい技術の部分に目が行きがちですが、必要なのはコーチと子どもの信頼関係や楽しいことだと思っています。
    僕の好きな心理学者で、ユダヤ人のビクトール・フランクルという人がいます。彼がアウシュビッツ収容所から生還した後に語った『最後まで希望を諦めないのは、一度でも人を心から信じた経験を持つ人だ』という言葉が心に刻まれているんです。

    人を信じる大切さはスポーツの世界でもよく言われることです。選手とコーチの心がぴったり一つになっていると、これまで以上の力が発揮できたり、結果がでるものなんです。これは、言葉では説明しがたい人間の『心』が成せる技だと思います。その力のことを教育学的には『非認知能力』というんですよね。僕らの役割は、子どもたちの核を育てるために、こうした非認知能力を伸ばしてあげることなんです。

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    うさぎ

    「先生」として、生徒と信頼関係を築くためには何が大事だと思いますか?

  • 為末

    為末

    ずばり『ぶらないこと』ですね。子どもは大人のことをしっかり見ていて、知ったかぶりをしていたり、無理をして偉そうにしていたりするとすぐにバレるんですよ。
    そうじゃなくて、ありのままを子どもに見せることが信頼関係を築く上でいちばん大切だと思います。

    先生って教える立場なので完成型でなければいけないと力んでしまいがちですが、先生と生徒はともにお互い未完成で、生徒と共に学ぶという姿勢で良いんじゃないでしょうか。『どうやら一緒に成長できそうですね』くらいの気持ちで子どもと向き合うことで心が通うはずです。

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    うさぎ

    『かけっこスクール』の教え方で、心がけていることはありますか?

  • 為末

    為末

    まずは楽しむことですね。楽しくないと続きませんから。もうひとつは、さまざまな「ものの見方」を提示できることです。
    指導者が生徒教える際の選択肢はたくさんあると思っています。例えば、子どものランニングフォームを見ていて『違っているな』と思う部分があったとします。その時に注意する方法もあれば、「ここさえうまくいけばもっと良いのに」と伝える方法もあります。それよりも他にもっと大事にすべきことがあったらあえて指摘しない方法もあります。色々な角度からの見方の提示が大事だと思っています。

    究極を言ってしまえば、正しい走り方を教えてくれるのはネットでいいじゃないか、と思うんです(笑)。技術などのハード面ではなくて、僕らが現場でやるべきことは、『見方や考え方の提示』です。目標を達成するには、こういう方法もあるし、こう考えると良いんじゃない?と、考え方=ソフト面を養う工夫をしています。

    あとは直接的な指導の仕方にもコツがあります。例えば、直すべきところをそのまま『膝をもっと上げて』などと指示すると、小学生くらいのうちはそこばかりに気をとられてしまって今度は腕が十分に振れない、なんてことも……。ですので、より抽象的に『足の下に空き缶があって、それを踏み潰すイメージで』と伝えた方が良い場合があるんです。缶を踏むためには膝を上げる必要がありますから。ハードルの前でスピードが下がってしまう子には『ハードルの上に襖(ふすま)があるからそれを突き破れ』とかね。この様な指導の仕方は指導者としてのセンスが問われるところだと感じています。

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どんな未来がきても、自分をアップデートできる子どもの『核』を作る

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    うさぎ

    日々そのように真剣に子どもの指導に携わるようになって、今後の教育に必要だと思うことはありますか?

  • 為末

    為末

    今の教育だと、『2,30年後はおそらくこんな社会だから、それに順応できるこんなスキルを身につけさせよう』という考え方が主流ですが、本来は違うんじゃないかな。30年後の世界を予測できる人なんてほとんどいないですよね。だからもっと本質的に、何が起きても柔軟に対応して、その時に必要なものを自分で選んで学習できる子どもを育てることが必要だと思います。

    僕たちが『核』と呼んでいるのは、それを実行できる判断材料や軸みたいなもの。スポーツでは、試行錯誤を繰り返して、本気で努力して、失敗も成功もたくさん味わうことができます。僕自身もこれで『核』の部分を作り出せたので、それを子どもたちにも還元したいんです。

    そのためには教え方も工夫がもっと必要だと思います。ハードルと跳び箱を置いて障害走をする場合でも、『ハードルはこう飛んで、跳び箱はこうして』のような教え方はしません。
    『ここからここを早く走る方法を考えてください!はいどうぞ!』みたいな、子どもたちに自由に考えさせることを『かけっこスクール』では実践しています。他にも、リレーの練習の際にバトン交換の配置を自由にさせると、子どもたちの中で『自分の走る距離が短い方がいいんじゃないか』などと話し合いが始まるんです。こういった、生徒がどうやって課題をクリアするかを自分たちで考える環境づくりをもっともっとしていきたいです。

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    うさぎ

    為末さん自身が選手としてデータを重視したトレーニング(前編参照)を続けてきた中で、結果として行きついたのが「心」の教育だというのが興味深いですね。

  • 為末

    為末

    『人間の心の理解』は僕のライフワークです。はじめの非認知能力の話にもつながるのですが、これから科学がどんどん進歩して、人工知能などの開発がもっと進んでいくと、人間がそれに奪われない知性って、『心』だと思うんです。
    計算や論理性はコンピューターに任せた方が精度が高いけど、コミュニケーションや、言葉では表せない雰囲気づくりなんかは人間にしかできない。

    だから、今後はもっとそういう部分が求められてくるんじゃないかなと。会社としては、これからももっと『非認知能力』や『その人の核』を育む環境づくりに貢献していきたいですね。

日本代表選手として、一流の環境で自分を磨き、挑戦してきた為末さんが行き着いた教育の分野。論理を超えて『人間の心』にフォーカスしたアプローチは、違った環境に身を置く先生にも参考になる点がいくつもありそうです。未来を見据えた子どもとの付き合い方を、この機会に一度改めて考えてみるのもいいかもしれません。

為末さんの書籍も出版されています!
帯あり

ベストセラー『諦める力』続編
新刊『逃げる自由−「距離をとること」でラクになる』(プレジデント社)
2016年5月28日発売
 前編はこちらPDCAサイクルを回すことで手にした日本人初のメダル 為末大(前編)