数学者・元NHK人気講師の秋山仁先生に学ぶ教師の姿 前編

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教育の分野で活躍する著名人にインタビュー。その人のこれまでと、今、教育について思うことを伺います。今回の主人公は、数学者であり、元NHKの教育番組の人気講師の秋山仁先生です。
前編では、秋山先生が数学の道を志したきっかけや、人気数学講師としての軌跡について語っていただきました!

目次

数学には、絶対的な真実、揺るぎない真実の美がある。

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    うさぎ

    数学者になろうと思ったきっかけはなんですか?

  • akiyama

    秋山

    ズバリ言ってしまえば、好きだったからでしょうね。小学生のころから算数が好きだったし、中学までは得意科目だった。

    ところが、高校からは公式や定理を暗記する必要もあるし、努力しないと伸びないにもかかわらず、高2の冬ぐらいまでほとんど勉強しなかったので数学がまったく出来ない時期が私にはあったんです。

    勉強してなかったけれど、高校の数学の先生が、授業の合間に教科書にはない数学の様々な面白い話題や問題、人物伝などを話して下さって、成績がいくら悪くなろうと私にとって数学は魅力的な存在であり続けたんですね。

    その数学の先生が進路指導主任だったのですが、進路指導の際に、私が「数学科に進学して数学者を目指します」と宣言したら先生は腰を抜かしてましたよ。(笑)だけど、その時、先生は「好きなものに挑戦する、そういう人生もいいかもしれないな。数学の道は生易しくないが、君が簡単に諦めずにやり続けると言うのなら、先生も陰ながら応援するよ。と言って下さった。そのときから、ずっと数学と関わろうと決めたんです。

    世の中はいろいろな人がいて、その中で様々な化学反応が起きて、いい事も悪い事も起きる。正解が必ずしもひとつではない複雑怪奇な人間社会も面白いし、やり甲斐のあることは沢山あるけれど、数学って、絶対に答えはひとつしかないんですよね。たとえ100万人が『この定理は間違いだ』と言ったって、正しい証明ができれば、それは何が何でも正しいんです。絶対的な真実、揺るぎない真実の美というものが数学の世界にはあるんです。
    数学のそういうところに魅せられて、数学の世界で生きて来たんだと思います。

バンダナを巻いたジーパン姿の名物講師に。

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    うさぎ

    秋山先生は講師として爆発的な人気を得ていましたよね?その経緯などについて教えて欲しいです。

  • akiyama

    秋山

    大学院生のころから駿台予備校で講師としてアルバイトを始めました。研究を続けていくためには、親に頼らず自活して続けて行こうと思ったのが教えるようになったキッカケです。

    自分がつまずいた経験がないと、先生は生徒が何故できないのか、何がわからないのかが理解できなかったりする。
    でも、私はもともと数学ができなかったからこそ、できない生徒の気持ちが手にとるようにわかるんですよ。頭が良くて、自分でスラスラ出来てしまう人は往々にして教えるのが下手だったりしますよね。(笑)私はその逆なんですよ。アルバイトとして始めたことではあったけれど、熱心な受講生が集まっていてその熱意に応えたいという気持ちも自然と強くなっていって、これに全力で打ち込んでいきましたね。

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    うさぎ

    その人気ぶりが評価されて、NHKの数学の講師に抜擢されたんですね。その当時のお話を聞かせて下さい

  • akiyama

    秋山

    当時のNHKの教育番組は、スーツを着た真面目な先生が出てきて、淡々と板書して教えていくスタイルが普通でした。
    しかし、そういうやり方では、教室で受講する以上にTVでは退屈に感じてしまう。

    本来、生徒にとって講義は感動の連続でなければいけないと私は思うんです。だから、何をどんな方法で教えるかをオンエアの随分前から考えて、フリップの活用の仕方や動きのある模型なども入念に準備して臨みました。NHKの講座を初めて担当したときは、受験生を対象にした数学講座だったのですが、“数列”“一次変換”“微分積分”等といったよくある項目別の講義ではなく、“対称性に注目せよ”とか“極端な場合に着目せよ”といった“考え方”別の講座にしました。

    数学の問題や、難しいと言われる問題を解くのが得意な人というのは、着眼するポイントというか勘どころがいいんですね。その勘どころとでもいうべきものが数学の問題を考える際に“考え方”というものです。それらは15~30種類はあるでしょうか。
    それを教えることは大変だけど、「数学の考え方講座」として30回に分け、テレビに出るときもいつものジーパンにバンダナ、雪駄のスタイルだったので、NHKに苦情の電話がくることもあったようです。

    そのときは、それまでの教育TVの数学講座の視聴率は0.01%以下だったのが、その約300倍、3%近くになったと、いろいろなところで取り上げていただきました。授業の内容を評価していただいたことが嬉しかったですね。駿台予備校での仕事も含め、22歳から45歳までずっと講師を続けていましたが、本業はあくまで研究の方にあるので、体力的なことも考えて、教えることは次第に減らしていき、現在では母校の東京理科大学で学生の論文の指導や、教員免許更新の講座や夏季休暇中の大学院生向けの特別講義等を受け持っています。

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人生は甘くない。だけど、自分なりの何かを残そうとして生きたい。

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    うさぎ

    パワフルに活躍されてきた秋山先生の根底には、どんな想いがあるんでしょうか?

  • akiyama

    秋山

    世の中は、自分たちが望むように甘っちょろくはできていないんです。

    努力は報われないことの方が多いし、正義を振りかざしても必ずしも勝てるわけじゃない、夢や願望だって多くの場合は成就しない。
    残念ながら、これが世の中ってものなんです。それでも努力し、正義を貫き、無償の愛を捧げていく。成果として何か実を結ぶのかどうかはわからないけれど、私は自分が信じる道を突き進んで、誰かを喜ばせたり、誰かのためになることができれば本望だと思い、もがきながらこれまでを生きてきました。

    落ちこぼれだった私は、若い頃は優秀な人たちを羨しいと思うことばかりでしたが、それでも数学にしがみついてやってきて、40歳を過ぎたころにやっと『自分はこれでよかったんだ』と思えるようになりましたよ。マラソンに例えるとするならば、速く走れる人は好記録を出して表彰されるけれど、その分、沿道で応援してくれる人たちの優しさ、道端に咲いている可憐な花には気づけない。

    だから、私はバカでよかったなあと、今になってしみじみ思います。私が数学者として編み出した定理は、解析や代数の分野の難解な定理ではなく、定理の意味ならば、小学生でもわかるようなシンプルなものが少なくありません。だけど、すごくきれいな定理だと自負しています。富士山に咲く高嶺の百合だけが美しいのではなく、道端に咲く名も知らないような花だって美しいのです。他人の能力・仕事に目を奪われ、自分はこのままでいいのだろうかと焦りを感じるものですが、私は、人それぞれ自分にしか出来ない仕事が必ずあると思っています。それが自分にとっての天職だと思います。

次回は、そんな秋山先生思う「先生」のあり方について語っていただきます!

後編はこちら 数学者・元NHK人気講師の秋山仁先生に学ぶ教師の姿 後編